飲食店と労災~法律的な解釈、保証

飲食店で労災が起きた時、そこで支払われる金額はいくらくらいなのでしょうか。また、どのような名目で支払われるのでしょうか?
これについて見ていきましょう。

労災で支払われるお金~治療費

労災が起きた時、私たちは必ず病院に足を運ぶことになります。

通常、私たちが医療を受けるときに支払う金額というのは、「もともとの医療費の1割~3割(年齢や所得によって違いがある)」です。つまり、自己負担金は1~3割ではありますが、実際には7~9割を保険が払っている、ということになります。

ただ、たとえ1~3割だったとしても、医療費というのはかなり高くつきます。特にけがや病気の具合がひどく、大がかりな手術が必要になったり、長く入院したりすることになればなおさらです。

労災認定を受けることで、この「自己負担金」を0にすることができます。つまり、まったくの無料で医療を受けることができるのです。

けがと病気への給付金と、後遺症への保障

「労災の被害者となったときに負った傷や病気の程度がひどい」という場合、医療費とは別に、ほかの保障も支給されます。
この場合、2パターンに分かれます。

1.18か月たっているにも関わらず治療が終わっていないほどの大きなけが(病気)ではあるが、治療を続けることによって、相応の「改善が認められる」場合

2.治療を続けても治る見込みがなく、今後もそのけがや病気によって起きた障がいとつきあっていかなければならない場合(「後遺症」)

この2つを分けるのは、「医療行為を受けることによって、改善が見込めるかどうか」ということです。

1の場合は、さらに、「1級・2級・3級」に分けられます。1級の場合は、平均賃金の313日分の保障が、2級の場合は277日分の保障が、3級の場合は245日分の保障が支払われます。ただ、「もうこれ以上治療を続けていても、もうこれ以上改善することはないよ」とされれば、この時点で1は打ち切られます。ただ、そのうえで、「相当の治療をしたにも関わらず、なお後遺症が残った」という場合は2に移り変わります。

また、この1の保障は、後述する「休業手当」を受けているときには受け取ることができません。

さて、障がいの程度についても軽く見ていきましょう。
1級というのはもっとも重い状態です。目ならば両目の失明、言葉ならばその機能が失われている状態、四肢ならばひじ関節もしくはひざ関節以上を失っているもしくはまったく動かなくなっている状態、神経や精神の場合は常時介護を必要とする状態を言います。

2級はそれよりは少し軽いものですが、目は0,02以下の視力、また四肢にも損失やそれと同等程度の障がいがある状態、神経や精神の場合は日常的に介護を必要とする状態を言います。

3級の場合は、「労働ができないこと」が基本となります。

さて、「2」についても見ていきましょう。
2の場合は、これも、後遺症の等級によって受け取る期間や受け取る金額が異なってきます。後遺症の度合いがひどい場合(1級~7級)の場合は、毎年、「障害(補償)年金」「障害特別年金」を受け取ることができます。加えて、「生涯特別支給金」という一時金も受けられます。
対して、8級~12級の場合は、年金は受け取れません。受け取ることができるのは一時金のみです。

休業給付金

「労災認定されて会社を休んでいるときに、無収入になっては困る」という場合もあります。その場合は、「あなたが休んでいるうちでも、あなたの給料を支払うよ」といった制度を利用できます。これが、「休業給付金」です。
これは加減を80パーセントとし、あとは会社と当事者の過失の割合によって決められます。
そして、これを受け取りながら治療をしていて、それでもなお治らないという場合は、上で述べた、「治療が終わっていないときに支払われるお金」」と「後遺症を患ったときのお金」へと繋がっていきます。順番としては、「休業給付金」→「治療家庭における費用(大きなけがへの年金)」→「後遺症」となります。

そのほかの費用について

労災の恐ろしいところは、一瞬にして、一家の大黒柱を襲い、生活基盤をめちゃくちゃにしてしまうところにもあります。そのため、周囲の家族に対する給付金なども出ます。

たとえば、「介護費用」。これは、「実際に介護を家でしており、かつ障がいの程度が1級~2級」「行政の力を借りていない」などのように厳しい決まりがあるものの、介護をしている人に対して与えられる給付金です。

また、不幸にも「遺族」となってしまった人にも給付金が支払われます。
さらに、葬儀費用や残された子どもの学費なども、この保険はカバーしています。

労災は、もちろん起こらないのが一番です。しかしもし起こった時には、どのような名目で、どれくらいのお金がもらうことができ、自分の家族がどうなっていくのかを考えることも、非常に大切なことだと言えるのではないでしょうか。